美空ひばり~越後獅子~JERO♪

 笛に浮かれて 逆立ちすれば
  山が見えます ふる里の…♪

これ以上引用すれば、著作権使用料の対象になるでしょう!?

思えば、このところ本来のBusiness Writingより「作詞」とか、「出版界のウラ・オモテ」とか、政治経済から逃避している。
そうですねー、どう転んでも「成果主義」と「低賃金時給社会」に義憤を感じて論じても、日本国民はそんな「暗い」話は新聞・テレビで充分ということなのでしょう。

私如き市井の物書きが義憤を感じても、「もういいよ!」と云われているようだ。

そんな状況にあるから、「サラリーマン社会」に愛情を持ち、彼らのSupportを書いても相手にされないのかな!?

火曜日の夜は、我が仕事部屋はWifeのECC Jr. Lessonの占拠され追い出される。
以前は、「仕方がない!」と、FDに企画書や原稿をCopyして2階にある我用にAssemblyしたWin98で仕事を継続したが、PCをWin-VistaのNew Oneにしたら、オットFDは使えない。
仕方なく居間で忘れかけた英語耳(耳自体が遠くなってきた!?)を維持するためにCNNを聴取するか、元作詞家の郷愁で「NHK歌謡コンサート」などを覗く!

今日は、「美空ひばりを歌い継ぐ」というタイトル。
興味を持って見る。
過ぎた日々への郷愁が心を揺する。

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そこで、あのCapを斜めにかぶって頭にバンダナを巻いた(頭が薄いのでは!なんて週刊誌が面白がるが…)JEROが歌ったのです、あの「越後獅子の唄」を…。

「越後獅子」は、昭和25年あの嵐寛寿郎のまだモノクロの映画「鞍馬天狗」で「ひばり」が杉作少年になって歌った挿入歌

JEROが歌って、ついその頃の故郷小樽での小学生時代を思い出す!
まだ貧しい戦後の復興途上!
歌謡曲が、映画が、本当に庶民の「娯楽」、いや「楽しみ」だった頃…。
吹雪の中を映画館に駆けつけたこと、妹が「ひばり」の真似で歌ったことなどを思い出す…。

「笛に浮かれて 逆立ちすれば…
JEROの歌の解釈、沈んだようなBlackの声が、日本人演歌歌手の薄っぺらな日常的な歌い方を超えている。

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その番組に、あの「海雪」の作詞をした秋元康も「川の流れのように」での「ひばり」の思い出を語っていた。
「千の風になって」でテノール歌手としてより歌謡番組で知られるよ追うになった「秋川雅史」が朗々と「川の流れのように」を歌う。

自分が元作詞家として歌謡界の一部を齧ったからか、JEROや秋川雅史の心歌はジーンと胸に響くが、今どきの演歌歌手が「ひばり」を歌っても、その偉大さを模倣は出来ない。

モノクロの画面で懐かしい人の顔とも再会した。
Blue Commetsの「井上忠夫」、あのカッコ良さでサックスとひばりのBack Chorusを軽快にこなしていた。
「真っ赤な太陽!」である。

「真っ赤に燃える 太陽だから……

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この「真っ赤な太陽」は、昭和42年のヒット曲ということだから私はもう青雲の志を抱いて「上野駅」について4年後のこと、そして作詞家としての可能性を求めてぎっしり書き込んだ「作詞ノート」を手に、人生初めての挑戦と「世間知らず」で、「渡辺プロ」や「芸能プロ」の音楽出版を歩いていた頃である。

歌謡曲には「歴史」がある!

特に「美空ひばり」の歌には、我々年代前後の世代は感慨深いだろうと思う。

私も、海外取材でバンコクやクアラルンプールに随分行ったが、地元のClubで歌うカラオケに必ず入っていたのが、
愛燦々」(ひばり歌 小椋佳作詞作曲)、我が大先輩であり僚友でもあった阿久さんの作詞で筒美京平作曲、尾崎紀代彦の「また逢う日まで」だった。

なんとなく、小樽を離れて40年以上感動もなく暮らしてきたかもしれない。
でも、本当の演歌からは、ふる里とそれを想う心が伝わってくる。

「笛に浮かれて 逆立ちすれば 山が見えます 古里の…♪」
「涙」…。

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