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zoom RSS 「どうにもとまらない♪〜 デフレ・スパイラル!

<<   作成日時 : 2012/01/28 17:54   >>

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「失われた10年」が、小泉純一郎と竹中平蔵の「市場原理主義」の導入で企業の一部と富裕層に若干の好況をもたらしただけ! その分、杜撰な「規制緩和」で、雇用に混乱までもたらしたが…。
 
 依然として「貰うもの」が減り続ける一方の一般庶民は「失われた20年」、この20年近くデフレスパイラルの中にある。
 そこへまた、PPK(ピンピンコロリ)を願ってWalkingやSrorts Clubに通う高齢者には、それまで何とか遣り繰りしてきた年金も物価にスライドして2年継続減額するという。

 本当に、今や中国の労働者以下の日本労働者やフリーターの賃金。
 約6千万の労働人口(高価なる公務員を含む)の1千万人以上が年収2百万円以下という。
 Superの中小は倒産しかなく、大手は納入業者泣かせでも低価格商品を店頭に並べなければならない。
 何故なら、一般庶民の年収は目減り一方で、「安いモノから安いモノ」への低価格訴求購入が身についてしまっている。
 実は今日も驚いた。イオンのある店でである。
 通例200組400枚入りのティッシュが¥278が、なんと¥178。
 他の食品は後にして、そのティッシュを5箱も抱えていく主婦がいる。


 ここで、卵が通例¥200〜のものが、タイムサービス「おひとり様、1個(10個入り)」¥87なんてなると、食品フロアーの端からは端まで主婦/年寄りは並ぶ。
 「おひとり様、1個」とあると、お母さんは、年寄りから子供、休日なら亭主まで数のうちと、並ばせる。

 そんな状況で、富裕層の一握り以外は、もうブランドもへったくれもない!
  
 ただただ、安くて安全で家族の口に入れば良いと言った状態である。

 こんな状態でインフレ率を設定して物価を引き上げようたって、「貰うモノが減っている」一般庶民の安値ラッシュは「どうにもとまらない」♪

 そのうえ、そんな庶民が99%の日本のお年寄りが、借金という「国債」を国が頼りだから「安心」と、随分多額な国債を銀行に預けさせられている。

 この国は、一体どうなるのだろう!?
 政治はほぼ幼稚園並みの相手への文句だけ!
 そんな国で、ナショナル・ブランドといって全国発売していた商品が、地方発の地元商品に安さで敗れる世の中でる。 PRも広告も、全国ブランドでの全国ネットはロスが大きい!
 モノは安ければよい。チラシがあれば、新聞もテレビの広告も要らない。・・・・なんて世の中に近くなった。

 そんなことをフト思って書いたのが下記のコラムである。
 自分も庶民の一人としてお読み頂けたら、ご理解いただけるであろう!


       “私論、広告効果!?”

*モノを買わない

「モノ」を買わない…か、「モノ」を買えないか…。
私の40年余りのマーケティングから広告を見てきた経験で、不況が「失われた20年」にも長くなると、消費者は「モノ」によっては買えないか、「モノ」を買うことを諦める。
 また、日常の暮らしでどうしても必要なものは、「ブランド」とか、「企業イメージ」とかいった信頼で買っていたものまで、「モノ」の良し悪しから値段が勝負になってくる。
 これからを生きていく若い人々の「モノ」、「サービス」の購入状況も変化してきている。
 彼らとて、学生時代のツケが廻ったように、文科系の「人に使われる」立場の仕事とか、自立心のない学生は就職すら出来ない。そして、「モノ」の買えない層に算入される。
 学業も習得せずして大学には授業料を払い、キャンパスへは姿を見せず『就活』に明け暮れている者も多いけれど…。
 子供の頃から飽和・飽食で育っただけに、一向に回復を見ない経済状態に諦め、一時的にと、フリーターと化す学生も多い。
 今、6千万人弱の生産人口のうち、1千万人以上が年収2百万円以下。そして民間の年間給与は平均4百万円強でしかない。
 良く言えば、職業に見合った賃金、毎年同じ仕事では給与も同じと、年功序列もほぼ加味されない今の時代。昔のようにホワイトカラーで過ごせるのは、その企業での経営者候補とされる一掴みの人間でしかない。
 このところアメリカの若者のデモのように、貧困に苦しむもの99%、残りの1%が富を偏って有している…との、格差社会への怒りが爆発している。世界へ波及する。
 贅沢なものでもなんでも、「モノ」を買えるのは、そんな富裕な一握りの人々だけになってしまった。
高度成長から低成長時代になっても、一般庶民まで飽和・飽食に慣らされてしまって、不況の長引く時代に欠乏への恐怖を覚え、欲しいモノを買うことにも手が伸びず、再々考。
 一方、日常の暮らしに眼を転じてみると、デフレ・スパイラルは一向に是正されず、日常に必要な「モノ」は、ディスカウントでなければ買わないようになってきた。
 また、贅沢品までいかなくても買えない「モノ」が増え、通常買える物は日常暮らしの品々を銘柄より値段で買うようになった。
 ある意味では苦しいあまり消費者が利口になったと言えるのかもしれない。
 飽和・飽食からの撤退は難しいが、現実の所得の停滞・低減は、銘柄品とか有名企業商品とかいった気持を満足させる「モノ」から、暮らすのに必要であれば、低所得内で用途に充足する「モノ」であれば良い。いかに安く買うかが日常の知恵になる。
 買いたくても買えない「モノ」を諦める庶民の数は増え、買える「モノ」は用途を満たせば安くて実利的な「モノ」を選ぶ。
 そのそれぞれの基準は、所得であり、家族数であり、そして将来の国への見込みのなさから決まってくる。
「モノ」を買えない、「モノ」を買わない生活者が増え、飽和・飽食も限界になる時代に、
現代の生産者は、その生産物をいかに売るかに腐心している。その例が広告にも現れる。

*大量生産、大量消費の広告
 
 苦しい時こそ、マーケティング力を駆使した広告が物を言うはずであった。
 だが昨今は、交際費の次に削減されるのが広告費である。
 ここずっと6兆円前後の広告費は伸びない。
 その広告媒体や用途別に中身の効果を再考する企業が多い。そして減額と…。
 極端な言い方をすれば、全国通しのスポンサーなんて、大量生産〜大量消費時代の名残りでしかないかもしれない。そして、その効用を説いてきたのが大手広告代理店であったが…。そんな広告のあり方、広告への疑問が、大手広告主ほど疑念を持ち始めた。
 全国通しの広告主、ナショナル・スポンサーの商品が、全国ネットに乗せると全国津々浦々で商品が売れる時代ではなくなってきた。
 つまり、発売時のアテンション・ゲッター(新発売訴求)から、販売促進、そして長期的銘柄(ナショナル・ブランド)のイメージ維持に効果的だったマス・メディアの広告の力が落ちた。いや、その商品の特性がどこででも安く代替品が出来る世の中になった。その商品の実利がほぼ同じであれば、代替品で良いということなのだろう。
広告代理店の主業務は大手広告主の権利の保護もあったが…。その広告代理店さえ、短絡に全国のテレビ・ネットを通す、全国紙で認知を深めると言う広告作業だけでは、「モノ」を売るサポートが出来なくなってきた。 
極めて特殊なパテント商品、例えば「スマート・ホーン」のようなものでなければ、地方で安く作られ代替の効く商品があれば消費者はそれで済ますようになった。
 ナショナル・ブランド、大手企業の時代も変化し、テレビの大スポンサーへの提案だけでは「モノ」は売れなくなったと言えよう。
 過去の全国ネットも、大手広告主の商品だけではローカル意識をカバー出来ず、ローカルでの広告時間をローカルな商品にバラ売りする傾向が強くなった。Aというナショナル・ブランドに、もっと身近で安いBとかCといった商品が出れば、その地元のメディアは、それを宣伝する。それで、ナショナル・ブランドの全国ネットは効用が減殺し、地元ローカル商品に変えられつつある。
 広告制作/テレビ番組の変化は、先ず、より安く、よりターゲットに近くなければならない。そうなると、この低所得の時代に、全国一律で同じ「モノ」を銘柄と称し、同じ価格で売るというのは難しい。

画像



*時には発想を変えて

「広告のアテンションがない!困った時には小さな子供か赤ちゃん、それか小さな動物を使え!」という広告界の非常識的常識がある。
 もう3年前になるかNHKの大河ドラマで視聴者に大好評、後に、これはCMのクリエーティブの勝利でもあるトヨタの子供店長で、あの加藤清四郎は、茶の間のアイドルとなった。あの子以来、またそんな言葉が思い当たる、不況期の商品に自信なき「子ども頼り」のCMが続いてはいないだろうか!?
「商品で勝負できない!」と言ったら失礼だが、テレビCMの効果云々される昨今、見せるCMでなく見るCMが要望される。そこにクリエーターの腕の見せどころがあるので、あの「加藤清四郎」の子供店長は嫌みなくお茶の間に受け入れられた。その後、他社も、それなりに彼のキャラクターを採り入れ成功していたようだったが…。子供は成長が早い。すぐに次の出番は他人にまわる。
そう言えば、昨年、フジ・テレビの「まるものおきて」に出たカワイイ芦田愛菜ちゃんも、その好例であろう。
「子役は稼げるときに稼がせ!」と、成長する前に元を「取っておけ!」的な多露出が目立っていた。
 昨今の芦田愛菜ちゃんに、それを見る視聴者も多いであろう。加藤清四郎君の場合は清々しく受け容れられた。だが、愛奈ちゃんのケースは、ドラマにもCMにも出過ぎで、彼女の先行きを心配するフアン(不安)も多く、また清四郎君のように当を得た使い方でもない。CMなどはどれを見ても「金太郎飴」的な使い方で、クリエーティブが見られない。それに彼女の疲れだけが目立つ気がする。
 特にテレビCMの場合は、アテンションゲッターであるかないかが勝負である。CMの出だしのフックに使いたい。スポンサーの商品を宣伝する以前に、いかに見てもらえるかで、そのCMの効果が決まるこの頃である。それだけ、テレビ広告/CMの「アテンションゲッター(注目)〜セル(販売促進)、そしてキープ(ブランド・イメージの維持)といったマス広告の原点の意識が失われつつある。
これは、CM自体の変遷、媒体の変遷が、デジタル時代の視聴者に追随しなければならなくなってきたからのようだ。
大量生産〜大量販売の時代の消費者よりせっかちになっている現在の社会状況に対応するには、昔の4大媒体ではカバーできない消費者の訴求に大きく知恵を傾けねばならない。
そんな広告屋さんには、追随せねばならない不遇な時期になったのかもしれないが…。
 4大媒体は従来通り存在するが、それのカバーできない地域や人々も相手にしなければならない。単に広く知らせるテレビの作戦。それを同時によく理解させる新聞広告のコラボはすでに、大手広告主がやってきたこと。
 しかし、ネットしか見ない、ケータイでしか見ないといった若い世代には、そこに広告なり誘引する何かを注入するしかない。
 今や4大媒体の2核(雑誌/ラジオ)はサブ媒体化し、また、その個への訴求にそれを超えるモノが出てきた。「安い」ネット広告。そして、地域限定のチラシ広告である。
 若者相手の商品は、テレビでは捉えられにくくなり、興味本位のその世代を「個」のターゲットとしている「メルマガ」の広告出稿や大手サイトへの出稿でまかなう。ローカル的にフォローするなら、該当地区でのチラシの効果が日常的に高くなっている。
メディア広告とネット広告、そして地方広告のコラボ、立体作戦が今後の課題であろう。
                                (作家・コンサルタント)

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