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zoom RSS また「民主党」に裏切られ、「フクシマの年は去く」!

<<   作成日時 : 2011/12/30 17:09   >>

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久しくブログも書いていない。

私のブログは「悲喜こもごも」や「義憤」のぶつけどころで、私的庶民的感情に左右されては書く。

この6月に「前立腺肥大」の治療に大学病院の泌尿器科に行ってみて驚いた。

まー、大学病院というところは、全ての病気のCollectionみたいなところだから当然だろうが、泌尿器科はかつてそう注目されてはいなかったところであったが・・・。

驚いたことに数年前の倍以上の患者さんが診察前の待合室にぎっしりと詰まっていた。
先年は、高齢者中心のもので、65歳以上での「前立腺肥大」とか、腎臓病とか、膀胱炎で訪れるところというイメージがあったが、このところ50代に入ったら年に1度は検査を受けるべきというようなまでになっているという!

食生活の変化、喫煙、飲酒と、健康的ではない生活の累積は、「生活習慣病」だけでなく、「前立腺ガン」にも大きく影響すると聞く。

現在アメリカ男性のガンのNo1は「前立腺ガン」。
昨日のニュースでは、プロとしてガンよりゴルフと10年以上、外科手術を拒み他の治療でここまで来たGolfのドン、
「杉原輝雄」さんも「前立腺ガン」で74歳の命を天に捧げた。

私も6月以来の全ての検査の結果、しばらくは経過観察と思ったが、家族全体の反対にあい、仕事の一区切りついた11月下旬に前立腺全摘出手術を受け、約3週間入院して、今も半療養的な暮らしである。
入院中は、傷の痛みなどもあり、頭の中もスッポリ空っぽで、俗世間から避難してきたが・・・。

世の中へ帰ってみると、東電は「値上げ」は権利だと嘯き、官僚の手先みたいな「野田佳彦」は、思った通り、
庶民への説明には背中を向け、やれTPPだ、消費税の値上げだと、与党内の反対でドギマギしている。

画像



「消費税」の値上げには「不退転の決意」で臨むのは良いが、その内容を国民に自分から説明、もしない。
消費税を上げる前提としての、国会議員の定数削減、国家公務員の地方行政のダブり及び民間の1.5倍の年収のカット、それに整備新幹線工事のコンクリ作戦と、国民に全てを「カットできた」と説明する方に「不退転の決意」を表すべきである。

それに、「復興」予算に不都合な数字は上乗せしているとも聞く。

相変わらずの義憤が駄文を呼ぶような一文であるが、下記をご笑覧頂きたい!

“「フクシマ」の年は去(い)く”

*2011年3月11日午後2時46分
 この時刻で、私の書斎の本棚の置時計も、本棚から転げ落ち、止まったままになった。
 よく、テレビ・ドラマのミステリーもので、死者の腕時計が止まっているシーンがアップにされる。どうして、電池で動く時計が止まってしまうのだろうか…と、不思議であった。
 私の部屋の置時計も、どこかで記念に頂いたクリスタルの重いものであったので、本棚から落ちても「止まる」ことが不思議であった。
 この大震災を瞑目すべき記念に、しばらくは止まったままにしておいたが、後日、その不思議が、転げ落ちたショックで電池が外れていたことであると知った。
 過去も、首都圏は、どこかの地震の余波は数え切れないだけ頂いているが、これは全くの予期せぬ例外であった。
 東北三県を襲った大地震、それに相次ぐ大津波と、リアス式海岸が示すように、この地域は過去にも大地震の経験を持ち、世代は変わっても、その記録/伝承で危険な地域であることは分かっていた。どこも行政は、それなりの準備はあったようだが、それを超える予期せぬ大津波は、町ごと、村ごと、破壊して引いていった。
 この時点の恐怖は、今でも「忘れまい!」と、メディアでも機会あるごとにその実際の恐怖の映像、恐怖に出会った人々の口説で、「忘れまい!」との努力はしている。
 しかし、本当にこの危険・恐怖に遭遇した人々の実感、その後の虚無感は、遠くからニュースとして、見た・聴いた人々には理解出来ないだろうと思う。
 大災害によらず、なんでも、それに遭遇したり呑み込まれたりした人々自体しか、その怖さは分からない。ごく隣接した地域の人々や同じ境遇の経験者が、その同情的実感として感情移入は出来るだろうが…。
 私の住む千葉北西部では、震度6弱か5強と云う強震で、今回はその恐怖を一部共有させられた。その後も、余震というか、茨城沖とか銚子沖などの地震が、しばらくは続いた。
 毎月11日になると、私達も知らず目を閉じて、その方角に合掌する。その後の被災地の復興は、難しい政治の動向で、あまり芳しい状況にはない。死者も1万5千名を超え、いまだ行方不明者とで、まだ2万名ほどの方々の悲劇が継続している。そして、避難所の長期生活は、その馴れない集団生活とプライバシーの無さで、4割ほどの人々のメンタル状況が悪化していた。また。遅きに失した仮設住宅の抽選に移住も、予期せぬ問題が出ている。高齢者や独り暮らしの人々は、仮設住宅へ移っての孤独や不便(話し相手がいない。交通が不便。電気もガスも使えばお金がかかる…など)が、住む人を余計な心配に追い込んでいる。
 各地の行政も、役場や公共施設なども大被害を受け、その職員の中にも犠牲者も多く、それに財政的な課題も多くと、一緒に悩んでいる格好である。
 しかし、下世話に聞く、あの2千億ほど集まった義捐金の行方、配布先明細も定かではない。ささやかな暮しから浄財を寄金した庶民には、そのお金がなにがしかの役に立っていることを知らせるべきであろう。
それに、政争の道具として、国の対応も、与野党の政治ゲームで随分と無駄な時間を経由しているように思える。
我が家近辺、千葉北西部の一端でも、やっと東北率先後の資材が廻って来るようになり、壊れた家の修理や屋根の修理をみて、余計、その感が強い。
東海、東南海地震がいつ起きてもおかしくないという現状を考えると、官民双方団結し、この東北の教訓を活かして対処したい。

*「フクシマ」の事故は、人災!
 福島第一原発の大事故は、枚挙のいとまのないほど、様々なメディアの攻撃に晒された。
 連日、大地震の翌日からその崩壊した神話については、「安全神話」も崩壊と報道された。
「あんなに大きな津波は想定外。思いもよらなかった」という、安全対策の不備か…。
 東京電力の発表は、先ず「想定外の津波」という防御から始まった。
 その後、第一原発の第一炉の被害は第四炉まで広がり、第一炉の炉心溶解となり、収拾策は東電、原発委員会、経産省の連絡の統合不備で後手・後手にまわった。
 原発大国フランス、原子力で緊密なアメリカなどの救援も、政府の不慣れな対応と東電の拒否的対応で後れを批難された。
 一方、住民への被害は一日毎に増し、被災強制撤去地の拡大で、住民たちへの安全神話も完全に崩壊した。
 以前にも触れたが、広島・長崎の原爆による被爆の先例から、日本では「核三原則」(入れない、持たない、造らない)で、その危険を封印したはずであった。それが、平和利用という目眩ましにより広域な被曝という悲劇に遭遇するとは、予想すらしなかった。
 原子力の平和利用という「神話」は、まったく国民の目から広島・長崎の被爆の悲劇を遠ざけてしまった。
 戦後の復興、高度成長の推進力、低廉なエネルギーとしての平和利用だけが喧伝された。
 同じ放射線物質投下の悲劇を、毎年、「広島・長崎の原爆」を忘れまいと祈念式典をする一方で、高度な経済効果をもたらすとして原発の利用は拡大する一方であった。
 福島の原発事故は、平和利用が「被曝」をもたらすなどということを言わなかった。
 完全なる安全神話の上に、地元の経済効果を推進する、雇用を拡大するという目先のメリットで、地方行政も住民も、安全神話の傘のもとに算入された。
 想定外の事故が起こった。
 慌てた東電、原子力委員会、政府と、不連続な連動が、連日、知識の不備も加わり、「福島Now」の国民への発表は、それぞれ重複したり、ずれがあったりと、災害以上に国民を不安に陥れる要素まであった。
 多くの国民は、広島や長崎の原爆記念館などで、その悲惨な現実を「昔語り」として見聞して、その60数年後に、違った形で、同様な悲劇に遭遇するとは思っても見なかったであろう。
 JR、専売公社、郵政などの民営化による効率化の時代になっても、地域別に独占する電力会社への指弾はなかった。
 特に、東電は、長期政権の自民党との癒着のような関係にあり、その原発への危機意識まで自民党への献金その他で、「緩和されていたのではないか」と、疑われる。
 今回の事故原因調査や今後の資料に提出される東電の資料には、「安全なる神話」にもたれかかった想定外という甘い管理が随所に見られると聞く。
 1979年のアメリカ、スリー・マイル島の事故、そして1986年のウクライナ、チエルノブイリの大事故と、その危険の拡大は議論されたはずである。
 この2大事故の後始末、強制移住や事業補償、そして被爆者の介護などの問題が、いまだに解決しないものもあるという。
 そんな平和利用という美名下の怖さは、東電によらず、各地の電力会社でも充分に学習し、その想定外を避ける努力をしてきたのではないか…!?
 確か9電力54基の原発のうち36か37は停止状態にある。「大丈夫」と言える「ストレス・テスト」を経て、やっと操業できるように厳格にはなったようだが…。
 それだけ、各地の電力会社と行政が、地元経済の減速を恐れて、「やらせ」操業促進などが告発されるなど、電力会社にとっても、地元行政にとっても、危ない橋を渡るメリットの方が大きいらしい。

*穏やかに生きたい
 事故後の東電の報告記録は、都合の良いように黒く塗りつぶされ、政府関係者からも「ほとんど用をなさない」と一蹴されたとか…。
 とにかく、金融の緩和と同じくバブルの牽引車的な存在として独占電力も優遇されてきたことは事実である。また我々、国民も、「平和利用」という神話と、それを形成してきた政治や経済に恩恵を受けてきたのも事実である。
 当然、「安全神話」という国民には耳触りの良い言葉を信じ切ったまま、便利さに乗せられ、安全の裏の危険を忘れてきたような経緯もある。
 エネルギー問題は、「脱原発」志向になりつつあるが、まだ可能なものは再操業という現実が残る。また、巷説に、自動車・電化製品などが関税問題を含め国際競争力が弱まり、自由貿易などTPPの課題も大きい。
 今、日本に売れるモノは、「新幹線」と「原発技術」くらいかという暗い話もある。
 人間の発想は、ある意味で「無限大」に限りない。今のデジタル・ネット社会も、人間の「便利さ」への発想である。「便利」の裏には、それに応じた「不便・危険」も従いてくる。それによって犠牲になっていくものも多い。
 私が老成したからでないが、昨今思うのは、「飽和社会に生きる人間性の欠如」である。
 それを忘れた頃に、天災は襲来する。
 ネット社会の功利性も良く分かる。だが、その裏の危険にもよく遭遇する。
 時には、パソコンも、ケータイも、ゲームも離れて、自分なりの穏やかな生き方を考える時機ではないだろうか!?
                                             (作家・コンサルタント)

                 「労働と経済」12年12月25日号

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