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zoom RSS "あーあ、津軽海峡・冬景色 ♪ (しばらく俗世間を離れます)

<<   作成日時 : 2011/11/27 16:17   >>

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昨今、政治も経済も「失われた20年」に達する衰亡状況で、書くことも愚痴になり、Blogも力が入らない。

だが、私ごとながら、明日から「前立腺」ガンの手術で入院のため、愚痴以上に辛いことになりそうなので、ひと言言い残すつもりです。

民主党も三色に分かれたまま、「政権交代」のプラスもなく国民の期待を裏切り、鳩山〜菅直人と、善し悪しは別として、個性ある首相も、ご都合の良い「東北大震災」、それに続く悪魔の人災「東電 福島原発の事故」で、第一線を去らざるを得なくなった。

その後は、松下政経塾一期生の「野田佳彦」さん。

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前原誠司の意気の良さはないだろうが、それなりの見識と決断で、国民への期待を持たせたのだが…。

なんと、TPPにしても国民への説明もない。そして言葉尻を突かれる「ぶら下がり取材」も中止した。
「国会での答弁で充分に国民への説明はできている」と言いながら、国民無視が続いている。

与党内の反発を気にして「まあまあ!」となだめたかと思うと、野党には「協力的に」と、頭を下げる。
そのうえ、今回のTPPでのオバマ大統領との面談の解釈の違いと・・・。
以前、八方美人で自分の意見も国民に表明せず、誰が理解するのか!?・・・と、書いたこともあったが、現在の野田さんの見識は、国民不在の政治屋さんへのご機嫌取りで、「騒がず、騒がさず!」のかつての自民党政治に似てきた気がする。

日本の置かれている危機状態をどう理解しているのか!?
ここ数年で、国債残高が国民総資産を超える破滅寸前の危機をどう考えているのだろうか!?

私自身、貧乏な財布でありながら、サブ・プライム→リーマンショック→ギリシャ破綻からEUのピンチと、それなりのリスクをもろに受けた。
そんな個人的な問題が「国家」の危機として眼前にある。

先ず国会議員の歳費、公務員の給与の強引でも良いカット、それに国家資産の売却をハッキリさせてから、消費税増税やTPPの意義を国民に問うべきである。

もうBlogを書く度にこんなことを庶民意識で激するのも辛いのですが…。

そういう思いもあって、いまだ連載を頂いている「労働と経済」のコラムには、下記のような「タイトル」の一文を書かせて頂いた。

昭和の佳き時代と、過去に引き摺られてばかりではなく、これからの世代にも感じて欲しい思いを込めて・・・!


“あーあ、津軽海峡・冬景色”

*昭和の歌草たち
 
 昭和の歌聖、時代を読んで詩を書いた阿久悠さん、それにバラバラになった家族の生き方に「絆」を持ち込んだ久世光彦さんが亡くなってからもう3年になろうか…。
 そして、その後まもなく情緒豊かな作曲の三木たかしさんも、彼らの後を追った。
 美人薄命、佳人は短命であるとか…。
 懐かしくも、フリーランスの大変さを、わが青春に厳しさと人生の一端として教えてくれた方々だった。
 私も若気の至りと憧れから書きためていた詩を持ち込ませて頂いた作家プロダクション「Office Two One(オフィス・トウ・ワン)」。
花王に在籍しながら「消費者意識をいかに掴むか?」と、マーケ仕事の助けの意味もあって、幸運にも在籍させて頂いた。
 我々世代の昭和の歌草や芸能で庶民の心をほぐしてきた人々が、毎年、テレビの消息で消えていくのを知る。
 平成も23年になるが、まだまだ昭和に青春だった人が多い。
 人口にしたって昭和生まれが、まだ一番多いはずである。戦時中の語り部は本当に少なくなったが、戦後の復興時に青春した人々や育った人々には、本当に「欠乏」から「充足」への夢があった。
 戦後の「闇成金」を除くと、ほとんどの人々が貧乏で当たり前、その分、心の片隅にはその人なりの希望が抱ける時代であった。
 戦後歌謡の第一号か「リンゴの歌」から、ラジオの時代には国民の子供から年寄まで口ずさめる「国民歌謡」があった。
海外へ初めて目を向けさせた「憧れのハワイ航路」(岡晴夫)とか、後に昭和一の歌手といわれた美空ひばりの「哀しき口笛」、藤山一郎の「青い山脈」とか、歌にも将来への意味があったような気がする。
 ラジオから流れてくると主婦たちは知らず口ずさみ、ひと時の安らぎを覚えた。
 その後、テレビ全盛になり、歌番組が多く組まれ、そのヒット曲で「国民歌謡」と呼ばれるような楽曲も数多くあった。
 そんな国民歌謡が消え始めたのが、ストリート・ロックのような若者のロック志向。そしてそれを促進するように百年一日のような『歌詞』を並べて衰退していった演歌作家の脳の無さであった。
 以前、この項でも書かせていただいたが、演歌作詞家の引き出しの貧しさである。
 阿久さんや久世さんとお付き合いさせていただいたお陰で、彼ら既成の演歌作家と同じ語彙で書くものなら、私でさえいつでも書けると思った。
 振り返って、国民歌謡的な楽曲は、おそらく山口百恵の「いい日旅立ち」で終わった…と書いた記憶がある。
 その後は、それぞれのロック歌手やグループへの若者たちの支持が分散していって、「オジサン達には歌がない」の時代になった。
 若者に迎合して、彼らの歌をカラオケで歌っても、それは本人のお慰みで周りの若者には「御経」でしかなかった。
 やはり、いくら時代が変わっても、国民歌謡的な楽曲が欲しいのだが、それもこのデジタル時代には遠い夢になった。
 しかし、あの漫画週刊誌「ビッグ・コミック・オリジナル」に、西岸良平の「三丁目の夕日」は、私が読んだ頃から今でも、昭和の戦後の貧しいなかから育って行く人々を、心豊かに優しく描いている。
「そんな温かなイメージで…」とのディレクターの依頼で、私も笑福亭鶴光の第2弾「星のふる夜」を彼の「オールナイト・ニッポン」のテーマ曲に書いたこともあった。

*佳曲はよみがえる
 
 やはり歌謡曲(いや演歌)の不作であろうか、確かにカラオケのプロが自慢して歌うような難しい特殊な演歌は彼らに提供されている。しかし、オジサン達がイメージを共有して歌える歌が、なかなか出てこない。
 オヤジバンドもそれを考えての中年の心意気か!?
 だからなのだろうか…?
 この頃の通販誌とか、チラシや新聞の広告に、昭和歌謡曲のアルバムが、手を変え、品を変え、宣伝されている。懐かしい往年の歌手の顔写真を並べ、多様なタイトル括り、美麗歌詞付きとか、特製保存ボックス入りとか、新聞に1ページ広告を出しても採算の合う結構な売れと聞く。(それだけ私のような年寄が多くなったということか…)
 ムード歌謡全集とか、ご当地ソング特集とか、他の歌手のヒットソングをカヴァーした、ご本人と変わった歌手の歌い方が楽しめるモノまで多くある。
 それだけ、歌謡曲を十把一絡げで「演歌」とゴチャゴチャにされた作家と歌手の時代遅れか、その後の佳曲が少ないということであろう。
 だから、昭和の「阿久悠」、「なかにし礼」、「山上路夫」などの構成作詞家、作曲の「平尾昌晃」、「筒見京平」、「三木たかし」などの佳曲が様々な歌手のアルバムにカヴァーされるものが多くなっている。
 老人の独りであり作詞家でもあった私は、昭和佳曲のカヴァー・ヴァージョンや英語ヴァージョンを聴くのが楽しみになっている。
 過日も、あのテレサ・テンのカヴァー・ヴァージョンのCDを買った。
 その選曲は、「二人でお酒を」、「人生いろいろ」、「命くれない」、「氷雨」、「津軽海峡・冬景色」、「舟唄」、「くちなしの花」、「北国の春」、「川の流れのように」など、カラオケ・フアンには垂涎ものである。
 彼女のヒット曲「時の流れに身をまかせ」のような彼女自身の巧さはないが、たどたどしい日本語とか、御本家の巧さと違った歌唱が面白く聴ける。
 小樽に記念館のある石原裕次郎も、「おれの小樽」という小樽を歌った曲は知られているが、あの佳曲「小樽の人よ」は、彼の全曲集かカヴァー特集版でないと聴けない。
 また、同じ「小樽の人よ」を氷川きよしで聴いたこともあるが、これはこれで彼の味わいである。
 そんなカヴァー曲で、思い出に残るのが、デビュー当時「石原裕次郎二世」などと騒がれた「水原弘」の「黄昏のビギン」である。あの「喝采」のレコード大賞歌手「ちあき なおみ」が、気だるく歌ったものはカヴァーの方が有名になっている。
 いつダビングしたのか知らないが、自分のオリジナルのレコーディングの都合に合わせて結構とり溜めているようだ。
 普段聴きたくても聴けなかった他人のカヴァーを味わい良く聴けるので、こんな昭和のアルバムものは堅調に売れているらしい。
 歌謡曲に秀でた時代を読む作家がいなくなったから、これまでの昭和の佳曲アルバムが、良き時代への郷愁も含めて売れているのであろう。そんな意味からも、アンジェラ・アキの「津軽海峡・冬景色」は、老いも若き取り込んだ秀逸のようだ。

*広告で「モノ」は、売れない!?
 
 ここ数年の不況に、大波の「東北大震災」で、生産者も消費者も大打撃を被った。
 失われた10年が、国民の意に反して20年になろうとしている。
 全国に生産拠点を持ち、消費者を抱える大手広告主は、ここ数年、広告費のカットと再組み直しが続いている。
 不況と災害で、消費者の購買で、日用消費財は企業名より「安き」に転じている。
 大量生産/大量消費時代のマス・メディアは、完全に転機に立たされている。
 広告主も、ナショナル・ブランドのイメージ維持には、最低限の広告費しか割けない傾向にある。
 今や「CMは猫しか見ない」との過去の寓話以上に、マス広告への疑念が高まっている。
 個人に深く訴求するには、興味対象へのネット広告が安く効果もある。また、ローカル色を考えるなら「チラシ」が有効になっている。
 今では、地域分散と対象者別を考えた広告として「チラシ」の効果を否定する者は少ないであろう。
 かつて、チラシと言えば、わら半紙様な粗末な紙に赤地に白抜きなどの「安さ」強調のものが主流だった。だが、昨今は、「チラシ」の被い紙になっているほど大量の「チラシ」を挟んだ新聞が、郵便受けに堪えるほどの厚さで配布される。
 そんな広告の分散化で、今回のユニクロの冬季初頭のキャンペーンは、新聞・テレビ、それに美麗な「チラシ」と立体化作戦で消費者に迫っている。
 「手紙〜十五歳の君へ」で、若者に彼ら用の言葉で適応したアンジェラ・アキをPRキャラクターに登用。
 その背景曲は、昭和世代をその昔の郷愁に誘う「津軽海峡・冬景色」と、媒体の分散に、大きく世代を吸収しようとするPR立体作戦とでも言えようか…。
 アンジェラ・アキの「津軽海峡・冬景色」は、そのCM効果と相俟(あいま)って若者へはロック的センスで、中高年世代へは「あなた」の歌と、広告効果を上げている。それに対応して、店頭のアイテムも世代の幅を広げて対応している。デジタル世界のネット万能に対抗して、従来のメディアの立体作戦が功を奏するかどうかが見ものである。
 広告次第で「モノ」が売れるには、いつの世でも、商品の価値が消費者を納得させることが第一である。
                                                 (作家・コンサルタント)

                 「労働と経済」‘11年11月25日号

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